まいぷれ新発田編集部・勝手に盛り上げ企画まとめ
苔香荘・紫雲閣 観音菩薩像の法要に伴って行なわれた、今回の特別公開。
ご案内をいただいたので、貴重な歴史的建造物や、見事な松や苔の庭園など、
新発田の新たな名勝を見学してきました!
今回見学した「苔香荘」は、紫雲閣・武者亭・苔松庵の三つの歴史的建造物を中心に構成される庭園です。
かつて、この地には新発田藩の上級武士が住む屋敷がありました。その後、明治の中ごろに呉服商村山家の屋敷となり、今日まで、みごとな松の庭園とともに受け継がれてきました。
旧武者家の別荘・武者亭と白勢家が建設した紫雲閣をこの地に移転させ、村山家別宅・苔松庵とともに、新たに整備された庭園が苔香荘です。
今回は主に紫雲閣と武者亭を見学してきました。
見るからに歴史の重みをビシバシ感じさせる佇まいです。
紫雲閣は、明治時代に、金塚の大地主である八代目白勢長衛によって建設されました。戦後、所有者が替わり大栄町に移築。平成になって再び所有者が替わり、この地に移築。
銀閣寺を模した木造2階建ての楼閣建築で、1階は書院造の和室、2階には観音像が安置されています。
紫雲閣が建設された背景には、そのころ起こった大飢饉がありました。白勢家は飢饉で亡くなった方々の供養として、紫雲閣を造り観音像を祀ったとされています。
この観音菩薩像が今年で遷座114年を迎え、今回年1回の御開帳とのことで特別にお姿を拝むことができました(観音像は撮影禁止なので写真はありません)。
案内係の方の説明と共に拝見させていただきましたが、観音像のすべてを包みこむようなお顔と神秘的な雰囲気に息を飲みました。
紫雲閣入口
紫雲閣2階からの眺望
次に案内していただいた建物は、武者亭。
新発田市菅谷の豪族として知られていた武者家の別荘として建てたもの。別荘としての役割以外に、町中の学校に通う子供たちの寄宿舎としても使われていたそうです。
母屋の平屋部分は、明治初期から中期にかけて建設されたと推測され、2階建て部分は大正14年に造られた建物なのだとか。
武者亭の一室には東郷平八郎の揮毫(きごう)もあり、おそらく武者家が所蔵していたものだろう、とのことです。
天井など随所に漆喰塗り(しっくいぬり)が施されていたり、西洋のアンティーク家具が和洋折衷の雰囲気を醸し出していたりと、趣ある大正ロマンを感じました。
武者亭の全景
大正ロマン感じる、和洋折衷な光景。
東郷平八郎の揮毫(きごう)
見学の後は、武者亭にて庭園を眺めながら、お抹茶とお菓子(やまの辺さん特製)をいただきました。
庭園は、もともと苔香荘にあったアカマツ・サクラ・モミジなどの樹木と調和するよう、新たに苔や砂利を配置することでお庭と建物が見事に合わさった美しい造りとなっています。
静かな佇まいの中でいただくお抹茶は、普段では味わうことのできない格別の一服でした。
庭園を眺めながら、お抹茶をいただきました。
お抹茶とお菓子
今回、普段は一般公開されていない美しい庭園と歴史ある建造物を見学し、先人たちの思いに触れることができました。
新発田歴史文化プロジェクトの皆様、ありがとうございました。